| 国鉄交流電気機関車 | |
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| ■実用機としての国鉄交流機の歴史は、今をさかのぼること40年以上前にデビューしたED70、ED71を端緒とする。前者は北陸本線用に、後者は東北本線本線用にそれぞれ投入された。いずれもD級機であるが、これはF級の直流機に匹敵する粘着性能を持つという交流機ならではの特性によるものである(D級=動軸数4、F級=動軸数6)。その後交流機は、九州島内および北陸地区、東北、奥羽の各線区の交流方式による電化延伸にしたがって、ED72、ED73、ED74とプロトタイプ的形式が登場し、1963年デビューのED75型をもってひとつの技術的ピークを迎える。このED75型は投入線区や用途向けにいくつかのバージョンが存在するが、総勢302両を数えてわが国を代表する形式となった。 国鉄分割民営化や新型機の投入といった荒波を乗り越えて、一部の交流機は現在でも北は函館から南は鹿児島まで、全国の交流電化区間を駆け続けている。 ■本稿ではキャタピラー氏から寄せられた貴重なプリントを見ながら交流電機の活躍シーンを振り返ってみたい。一部のプリントには撮影データも記載されていたので、それも併記した。 赤2号と呼ばれる交流機標準塗色で全身を包んだ電気機関車たちの活躍する姿をご堪能頂きたい。 |
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ED71 21 東北本線 金谷川〜南福島 |
貨物輸送がまだまだ華やかだった頃、交流電機のパイオニアED71も活躍していた。 この辺の風景は今もさほど変わらない(筆者が撮影した同地点のカット)。 |
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ED71 29 東北本線 福島 |
上の21号機はヘッドライトがシールドビーム2灯(通称ブタ鼻)に更新されているが、こちらは原型ライトを装備した29号機。これから松川越えの補機として中線に待機中だ。 |
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ED72 4 鹿児島本線 |
筆者にとって未知の存在である九州男児ED72。水銀整流器を搭載したプロトタイプ的存在の機関車だ。コキ5000で美しく組成されたコンテナが素晴らしい。 |
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ED75 302 鹿児島本線 |
国鉄民営化を待たずして廃車されていったED75型の九州用300番代機。それが3両も納められている凄まじいカットである。もともと重連総括制御を装備する同機ではあるが、九州島内では軸重の関係から単機のみの運用であったと想像していた。が、重連運用も存在していたこともこれで判明。 |
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ED75 23 東北本線 金谷川〜南福島 |
なんと23番という若番機の登場!普通列車といえば長大な旧客を連ねた編成が当たり前の頃のシーンが捉えられている。 ちなみに160両が製造されたED75M型であるが、分割民営化時点で1号機から89号機と96号機の計90両もが廃車の憂き目に遭った(一部はその後車籍復活)。この23号機も1987年2月6日付で廃車になっている。 |
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ED75 121 8404レ(ざおう53号) 金谷川〜南福島 1977/08/21 CanonF1,FD50mmF1.4, f4,1/250 |
現在も活躍する元「お召し」機ED75121。12系客車6連の臨時急行を牽いて。 |
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ED75 123 2150レ 金谷川〜南福島 1977/08/21 CanonF1,FD50mmF1.4, f5.6,1/250 |
松川越えに挑む重量貨物を押し上げるED75123。本務機はED71のトップナンバー1号機という記載が裏面に。 |
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ED75 1027 東北本線 金谷川 |
旧客の普通列車を牽いて金谷川に進入する1027号機。P型がP型らしい運用に就いている一駒。同機は更新改造を受け、現在もJR貨物で活躍中だ。 |