■ 青春18きっぷの旅 2篇 ■

鉄道旅行の楽しさ再発見
久しぶりに列車にたくさん乗りたくなって、この夏は何年ぶりかで青春18きっぷを購入。元来は乗り鉄メインで撮り鉄は副産物的に活動していたことを思い出し、あらためて鉄道旅行の魅力を知る原点に戻った気がした。

◆第1弾 急行『だいせん』乗車ルポ
大阪から福知山線〜山陰本線と走破して米子に至る夜行急行『だいせん』が2004年10月のダイヤ改正で廃止されるとの報をうけ、お名残乗車をするべく18きっぷを使って大阪入り。また帰路は岡山機関区のEF64が牽引する貨物を1ショットでも撮影しようと目論んで伯備線回りを選択してみた。果たして一粒で2度おいしい旅はまんまと成功した(!?)。
[2004/08/28]
池袋→東京→熱海→豊橋→米原→(大阪→米子)
[2004/08/29]
米子→備中神代→布原→(新見→岡山)→姫路→野洲→米原→大垣→豊橋→浜松→静岡→東京→池袋

◆第1弾
 2004/8/28〜8/29
池袋
 ↓
東京
205系
会社の後輩のメールで目を覚ましたのは10:23。前日の雑談で鳥取に行くかもしれないと言っていたが出かけたのかとの問いに意を決し、12:15予め想定していたスケジュールよりすこし早めに家を出る。撮影機材はモータードライブを取り外したF3に50mmのみという超軽装だ。池袋に着き、みどりの窓口でひさしぶりの青春18きっぷと、この日のメイン「だいせん」のチケットを手に入れた。
東京 13:43
 ↓ (345M)
熱海 15:34
113系
クハ111-1410
当初は1本遅い793M(14:03発)を予定していたが、予想より早く東京駅に着いたので345Mの先頭車に陣取る。この345Mは沼津行きであるが、熱海で弁当および29日の1016M「スーパーやくも6号」の指定席を手に入れるためここで485Mに乗り換えることにした。
113系
クハ111-1410
ゆくぞ111-1410!
113系
クハ111-1410
年季の入った計器板。味があるぜ!
熱海 15:51
 ↓ (485M)
豊橋 19:02
211系
クハ210-5025
いざ485Mが入線すると、なんとロングシートの211系であった。旅情もへったくれもないがこれでとりあえず豊橋までやっかいになった。
豊橋 19:06
 ↓ (5251F)
米原 21:10
313系
クハ312-13
豊橋からはJR東海の新鋭313系だ。さすがに117系をローカルに追いやった新車、120km/hくらいで走っていると思われる高速でも揺れも騒音もきわめて低く、快適そのもの。
米原 21:39
 ↓ (3533M)
大阪 22:59
223系
米原で約30分の乗り継ぎ。ここからはJR西日本の区間となる。西の誇る新快速車両は、さきの313系に負けず劣らず快速&快適そのもの。
大阪 23:15
 ↓ (701D〜3731D)
米子 05:42



キハ65
キハ65-801
果たして大阪22:59定時着。隣の4番線は『だいせん』目当ての同業者で盛況かと思いきや、意外にも数人がコンパクトカメラで撮影している程度。下車した反対側の5番線から三脚使用で仰々しくバルブをかましているのは自分一人という状況でいささか拍子抜け。
ともあれこの旅行の目的である『だいせん』にいよいよ乗車。
大阪 『だいせん』用キハ65。運転台、デッキ付近はオリジナル形状であるが、サイドはユニットサッシュの変わりに特急同様の防音ガラスに改造されている。
福知山 尼崎から福知山線、通称「宝塚線」に入り、新線のトンネル区間をキハ65は快調にとばす。福知山で午前1時近くになり、20分ほどの停車の間にここでもバルブをかました。さすがに構内は寝静まり、自由席利用の大阪帰りの若者がちらほらと下車した以外は人影もない。とうぜん弁当購入など望むべくもなかった。
城崎、豊岡とこまめに停まって数人の乗客を降ろす。竹野で上りの『だいせん』と交換停車のあと、ほどなく餘部鉄橋から寝静まる集落を眼下に見下ろした記憶を最後に意識が遠のき、倉吉で車掌に揺り起こされるまで記憶がない。『だいせん』は倉吉までが急行扱い、米子までは快速に段落ちするのであるが、昨夜の車内改札の折に18きっぷで米子まで乗車する旨を伝えていなかったのでご親切にも車掌氏が起こしてくれたというわけだ。浦安の鉄橋を渡るあたりから空が白み始め、大山口の阿弥陀川鉄橋を颯爽と渡る頃にはこの列車の名にもなっている伯耆大山が美しく朝焼けに映えていた。
1012M Sやくも2号
米子 06:11
 ↓ (820M)
備中神代 07:37
115系 米子に着いて思い出したのだが、よく考えたらコンビには駅前にはない。よってホームで大山乳業のアイスクリームを自販機で買い、朝食の代わりとした。この大山乳業、個人的にとても気に入っているブランドで、紙パックのカフェオレは山陰訪問の際にはかならず買い込んで帰るくらい執着している。アイスもご多分に漏れず最高の美味さであった。さて改札に駅員も見当たらなかったためワンマンの820Mの運転士氏に18きっぷの日付を入れてもらう。ご丁寧にも記入した日付と列番の上から印鑑を押してくれた。伯耆溝口から先はロケハンに余念がない。
備中神代 08:05
 ↓ (432D)
布原 08:09
キハ120 備中神代に降り立つと、芸備線と伯備線のジャンクション駅だというのに人影はなく、自販機が1つあるだけだった。ショウケンこと萩原健一氏出演の映画「八墓村」のワンシーンにこの駅が登場するのをなんとなく覚えていたのだが、それとはすっかり違う雰囲気であった。備中神代では1014M『やくも4号』を駅撮りし、いざ布原へ!
1014M やくも4号
布原 08:44
 ↓ (442D)
新見 08:49
キハ120 布原はかつて信号場だったこともあり、駅というよりは停留所という趣の非常に簡便なつくりの駅であった。見渡しても数百m先に民家がぽつんとあるだけで、セミの声以外なにもない。角度をいろいろ検討し、目的の貨物3082レをまんまとゲット!戴いた!貨物から4分後、やってきたゲニマル君ことキハ120に乗って新見へ。
3082レ EF641048
新見 08:59
 ↓ (1016M)
岡山 09:56
381系
クハ381-136
この旅第3の目的とも言うべき381系乗車。白状すると381系乗車は2度目の体験である。しかも、本格的な曲線区間が連続する路線は初めてとあって、振子車両のアクションにとても興味を惹かれた。
岡山 10:18
 ↓ (1310M)
姫路 11:41
115系 岡山で横綱『さば寿し』を買い入れ、混雑する115系のボックスになんとか空席を見つけると、すぐさま意識が遠のいた。瀬戸の停車案内以外、記憶なし。
姫路 11:47
 ↓ (3242M)
野洲 13:38
223系 最初は席をゲット出来ず、最後尾の簡易座席を倒して座る。途中、芦屋で下り『はまかぜ』とすれ違う。下り方先頭車は国鉄色のキハ181が付いていた。大阪で空いたので通常の席に移動。ここで弁当を広げると、あまりのボリュームに食べきれず。
野洲 13:39
 ↓ (752T)
米原 14:13
221系 野洲止まりの快速から各駅停車に乗り換えて米原へ。
米原 14:43
 ↓ (3216F)
大垣 15:16
313系 米原での30分待ちは毎度のことだが座席確保に知恵を絞ることになる。18キッパーにとって米原〜大垣間と姫路〜岡山の乗り継ぎをどうクリアするかは永遠の課題である。
大垣 15:25
 ↓ (5112F)
豊橋 16:43

313系 大垣からは引き続き快適な313系で爆睡。豊橋到着時には飯田線のEF58臨時列車と併走しての入線であった。
豊橋 16:55
 ↓ (5954M)
浜松 17:29
113系 12分停車の間に、久しぶりに見た『動くゴハチ』を撮影し、乗りなれた113系に乗り込む。二川を過ぎて静岡に入り弁天島付近では暮れなずむ浜名湖を車窓にながめながらほどなく浜松に到着。
浜松 17:48
 ↓ (5796M)
静岡 19:00
113系 5954Mは静岡行きであったが、この5796Mでも結局は366Mで帰京するのと同じになることが分かったため敢えて浜松始発の5796Mを選択。お陰で自笑亭の駅弁『浜の釜めし』を買う時間ができた。
静岡 19:35
 ↓ (366M)
東京 22:39
373系 静岡に着いてしまえばもうあとは乗りなれた366Mに乗るのみ。勝手知ったる駅ビル『パルシェ』で用足し。小6のときにできてから、ずいぶん経つなぁ・・。18キッパーの御用達列車366M。ワイドビュー東海、ふじかわで使用される特急車両373系を普通列車に用いた豪華な各停だ。165系時代からの伝統のスジである。
東京
 ↓
池袋
205系 新橋近辺で追い越すのが見えた205系。行きも帰りも205系となると、E231系500番代への置き換えは停滞しているのだろうか。
池袋 23:17
 ↓
練馬 23:23
西武線 前日昼過ぎから乗りっぱなしの旅もコレで幕。101系にはなかなか出会わなくなった。
(とりあえず第1弾 2004.10.3掲載)

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